背中美人を作るエステサロン美寿Bijou.

八丁堀にて毎月1週間限定、個人エステサロン美寿を運営している麻里のブログです。 7月〜11月は屋久島と東京の二拠点セラピストをしています。

現在フリーランスの私がエステ会社員「2年目」で行動したことまとめ

屋久島と東京の二拠点セラピストまりです🙋‍♀️



この写真は屋久島にて♪


このブログは続編です。
▼前回の記事をまだ読んでない人はこちらからどうぞ


私はフリーのエステティシャンになって10ヶ月が経ちます。
今は会社員時代の自分の実績や行動パターンを一旦完全に忘れて、新たな道へ行こうとしています。


そこで1つの事例として、私がどのような過去を経てフリーランスになったのか、具体的にやってきたこと・それにより学んだことをブログでまとめて公表しようと思い記事を書いています。



今回は「会社員2年目」に行動したことのまとめ。
2−3年目でひとくくりにしようと思ってましたが、長くなったため区切ります。




👉目次

(クリックしたら飛べます〜!)

【入社2年目 2014年 20歳〜21歳】





過去の写真と共に振り返ります


【入社2年目 2014年 20歳〜21歳】

🌟昇格試験1発合格のため朝5時までガストで勉強した

これは入社2年目の6月のこと。
当時私の個人売上目標は月100万円くらいだったのですが、月末まで粘り諦めず対策を立てて目標達成した私の姿勢が認められ、月初のミーティングで突然「来月の昇格試験、受けてみたら?」とすすめられました。


当時は役職のついていない ぺーぺーセラピストだったので、昇格したら初めての役職がつきます。しかも同期でまだ昇格した人はいなかったので、最速昇格ということになります。お給料も上がります。

私は思ってもないチャンスが降ってきたことが嬉しく、頑張ることにしました。


しかし、あまりに突然で昇格試験を受けるための準備を何もしていなかったので、1ヶ月で準備をする必要がありました。


前職の会社の昇格試験では、技術試験・筆記試験・面談の3つの項目があり、技術か筆記で点数が足りなかった場合は再試を受けることになっていました。

私はなるべく大変な期間は短く終えたいので「1発合格する!」と決めて、技術の特訓と筆記試験のための勉強を始めました。


当時、本店で働いており仕事中に余裕なんて全くなかったので、休日出勤をしていろんな先輩方に技術チェックをしてもらい、仕事終わりはガストに寄って筆記の勉強するようにしていました。(家に帰ったら寝てしまうので…)


追い込んでいた時は、仕事終わり深夜0時過ぎから朝5時までガストにいたことを覚えています。(最後のほうは力尽きて寝てたので帰りましたw)


遊びの誘いも入れず、あの時は本当に一心不乱に勉強していましたね…
おかげで、再試率が高いといわれる筆記試験でしたが見事一発合格しました。



過去に、私の昇格経歴(最年少・最速で昇格し続けてきました)を見て「今までがうまくいきすぎだったんじゃない?」と言われてカチンときたことがあるのですが、運良く昇格できたわけではなく、その裏ではちゃんとそれに必要なだけの結果を残し、勉強をしてきたことをここに記しておきます。




ちょうどいい写真はないけどこれは休日に読書をしている様子




🌟自分と違う人間と沢山関わりコミュ力を高めた


コミュ力=コミュニケーション能力

頑張るべき時は仕事や勉強に集中して頑張る私ですが、普段のプライベートは結構遊んでました。
平日の仕事終わりは深夜なのですが、そのまま真っ直ぐ家には帰らずに飲み歩く生活が半年くらい続いたときもありました。


しかしその遊んでいた時期は、私の人生で転換期となります。

それまでの私は超真面目子ちゃんで視野の狭い人間だったのですが、飲み歩き遊び狂うなかで自分とは違うタイプの沢山の人と出会い、対応していくうちに気づけばコミュニケーション力が格段に高まっていたのです。


それを実感したのは仕事中で、以前よりも自然体でお客様と幅広い会話ができるようになっていることに気づきました。

自分とは違うタイプの人が目の前に現れても怖気づかずに話せるようになったんです。


接客業をする人は、技術うんぬんの前にまず「目の前の人と接する」ということが仕事です。

私は過去、大の人見知りだったのですが(今はなかなか信じてもらえませんがw)、それを完全に克服していろんなタイプの人と話せるようになったのは、年齢性別問わずに人ととにかく沢山関わったあの時期があったからだと思っています。


ちなみにその遊びまくる生活は良いことだけでなく悪いことも沢山引き起こしたので(後ほど書きます)、その生活は半年ほどでやめました。



飲み過ぎて力尽きた様子




🌟 夢を語り社長のアドバイスを求めた

飲み歩いていた時期ともかぶるのですが、飲みの席に社長や経営者がいることが度々あり、好奇心旺盛な私は「どうやって会社を立ち上げたんですか?」とか「どうしたら○○さんのようになれますか?」など、気になったことは相手がどれだけ年上の方や社長さんでも質問攻めにしていました。


当時の私は独立や留学などの夢があったので、「今こういう仕事をしていて、将来こうなりたくて…」と夢を語り、必ず何かヒントとなるアドバイスや情報を得るようにしていました。


さらに、気になる社長がいて連絡先が聞けなかったときには、名前と職業でネット検索をして調べてFacebookでメッセージを送るというストーカーまがいな行動にまで出ていました。(当時まだ20〜21歳の頃だったので、そこまでするパワーにかなり驚かれました)

こうやって書いてみると私、「これ!」って決めた時の執着や集中力や熱量が半端ないんですね…


なので当時の仕事の相談相手は他社の社長さんでした。

いろんな社長さんにアドバイスをいただいたのですが、当時の記憶で一番印象に残っているのは「まりさんはもっと論理的思考を身につけたほうがいい」というアドバイス


私は感受性が豊かで、すぐ感動するしすぐ泣きます。

その人には「感動できる感性も大事だけれど、発展している業界は必ず理論で話し合っているから、業界を発展させたいなら論理的思考で物事を考えて話せるようにならないといけないんですよ」と言われて、ものすごく腑に落ちました。


それから論理的思考を身につけるための本を沢山読むようになり、かなり役立っています。あのとき的確にアドバイスをくださった社長にはとても感謝しています。





🌟信頼を取り戻すため頼まれてない仕事を率先して行った

ちょっとこの話は長くなります。
私の失敗談であり、おそらく一生忘れられない出来事のお話です。

私は入社2年目の夏、仕事がめちゃくちゃ忙しい日曜日に4時間の寝坊をかまし、職場の全信頼を失う経験をしました。


日曜日に4時間の寝坊だけでもなかなかの強烈な事件なのですが、実は私はその前から寝坊常習犯だったので更に、4時間の寝坊はかなりの致命的事件だったのですね。
(あの頃ご迷惑をおかけした先輩方、同期、後輩、みなさん本当にごめんなさい)

▶︎私は極度に追い込まれると目覚ましも聞こえないほど朝起きれなくなる習性があり、新人の頃はよく寝坊を繰り返していました。
しかし全信頼を失って本気で「これはまずい」と自覚してからは、改心して対策を重ね、それ以降は仕事で寝坊・遅刻などの経歴はありません。


この事件がキッカケで、私はせっかく昇格試験で1発合格をしたものの昇格は取り消しになりました。

周りの信頼を失ったことで精神的に立ち直れず、情緒不安定になり、更に仕事の業務でミスを繰り返すようになりました。本店の業務が務まらず、異動が決まりました。


もう誰も私に期待をしなくなりました。
この時が社会人になってからの一番の挫折だったと思います。

それまでは私は、自分で言うのもアレですがどちらかというとエリートタイプで、周りより早く何かを習得し頼られる側だったので、「誰からも期待されない」むしろ「人に迷惑をかける、仕事ができない、足を引っ張る人だ」と思われていることが情けない気持ちでいっぱいでした。


しかし今では、私は早いうちにこの経験をしておいて良かったと心底思っています。なぜなら私はそれまで、自分で強く自覚するほど「人に迷惑をかける」という経験をしたことがなかったからです。


仕事が思うようにできない。
自分の仕事を周りの人がやってくれている状況。
今までに感じたことのない感情をひしひしと感じてました。
助けてくれる身近な先輩や、優しい言葉をかけてくれる人がいた時の安堵感はすごかったです。

これをキッカケに、いろんな理由で「できない人」の気持ちが分かるようになりました。



さらに大事な経験はここから。
信頼を取り戻すべく、店舗異動してからの私は心機一転、仕事をめちゃめちゃ頑張りました。


本店よりもゆとりのある店舗だったこともあり、通常業務以外に、取り入れたほうが良さそうな案があればどんどん発信し、頼まれてもいないPOPを自ら作って販売促進をし、プラスの行動をたくさん起こしました。

部屋のセッティング、片付け、掃除、など裏方業務も率先して行い、あまり人が目を向けないところに目を向けてカバーするように意識して動きました。


失った分を取り戻すには、通常以上に良い行動を積み重ねるしかないと思ってました。


異動してからの私の働きぶりを見て、特に上司からの目線や職場の風向きは変わりました。

この時に学んだことは、「人は失敗したこと自体ではなく、失敗したあとの行動(つまり日頃の行動)をよく見ている」ということ。


話は少し飛びますが、私は入社3年目で周りよりかなり早く最年少副店長になっています。
挫折を乗り越えた経験も含み、総合で評価してもらえたのだと思っています。


それから自信に繋がり、「たとえ大きな失敗をしたとしても、一刻も早くそれを取り返す行動を積み重ねていけばいい」という姿勢で仕事に取り組むようになりました。
(とはいえ接客業で寝坊・遅刻は良くないので、さすがにもうできませんがね!)



『問題点=あるべき姿−現状』
これは大好きな父からの教え



🌟営業力UPのためにビジネスマンが集う勉強会に参加した

「変わりたい」
そう強く思っていた私は、遊びを少し控えていろいろなビジネス書・自己啓発本などを読んだり、映像学習をしたり、自分を成長させてくれそうな人には積極的に会いに行くようになりました。

そんな人との繋がりの中で紹介してもらった、ライフデザインパートナーズ株式会社の代表・浅川智仁さん主催の『早朝勉強会』という、営業や成功哲学について学ぶビジネス朝活に参加するように。




当時の早朝勉強会にて


毎週月曜日朝7時から、参加者の大半が20代後半から30〜40代の方だった会へ、初めて参加したのが21歳の時でした。当時は20代前半の女性はかなり少数(というか、ほぼいない)だったので、とても驚かれた記憶があります。



この朝活をキッカケに大人の知り合いが劇的に増えました。時間の許す限り紹介されたいろんなイベントや勉強会に参加し、面白そうな人がいれば積極的に会いに行き、最初の3ヶ月で100名ほどの方と出会いました。



多い時で週5で(仕事の前に)朝活。
5時半起きで朝活→お昼前後から仕事→仕事が終わり深夜0時前後に帰宅みたいな生活を繰り返していました。


夜型の生活から一気に朝型の生活へ激変。今でも屋久島生活で「まりちゃんはタフだ」と言われますが、そういえばこの頃からタフでした。


体力がものすごいあるわけではないので、疲労を感じながらも、勉強したい・成長したい一心で行動していました。



他業種の友人が増え、年齢さまざまな友人ができたことで視野が広がり、社外で定期的に勉強していたことはかなりプラスに繋がりました。


最初の3ヶ月〜半年はかなり高い頻度で、その後はゆるやかになりつつも1年以上の活動を経て、本当に営業力が高まり個人売上・店舗売上ともにアップしました。

最終的に個人売上は月間総合1位にまでなりました。(入社4年目の時だったかな)この時に出会った営業の師匠・浅川さんのおかげだと思っています。浅川さんには今でも節目節目でお世話になっています。



入社2年目をざっとまとめるとこんな感じです!


次は3年目以降について書いていきますね。

ではまた!(^^)🌟




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